北朝鮮からの祝砲もあったが、誕生日の過ごし方を忘れてしまった。

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今年の夏の甲子園も終わって、僕の夏も終わってしまった。

 

夏の終わり8月29日が誕生日。昔はなぜ夏休みに誕生日を迎えてしまうのだろうかと悩んだこともあったくらいだ。今年は8月最終火曜日のお休みの日に誕生日が重なってしまった。

 

しかし、その最終火曜日にコンテストをぶち込んできた少しおかしな研究団体がある。いや、おかしいのは研究団体ではなく自分の誕生日になんてことをと思った僕かもしれないが。

 

基本的に、コンテストなんてものは自由参加。美容師としてやりたい人が勝手に出るものなのだが、社内的に強制的となっていた。まさか自分の誕生日にコンテストに出るとは思っていなかった。

 

コンテストに出る時の心得として、そこは発表の場である。テーマがありそれに沿った自分のアレンジを入れたスタイル。作ることに専念できるのがコンテストだ。

 

その発表の場で僕は基本的にノープランである。というか、特にやりたいスタイルというのが見つかったことがない。だからこそ僕は常にノープラン。コンテスト前に仕込みはやっても練習なんてのは一切不要だと思っている。

 

だから僕はコンテストで結果を出したことがあまりない。練習なんて一切していなくても表彰式は「もしかしたら自分の名前が呼ばれるかもしれない」と勝手にドキドキしてしまっているのだからどれだけ自分が厚かましい人間なんだとも思ったことがある。

 

人それぞれコンテストへの意欲はまったく違う。だから練習する人、仕込みを早くからやる人を僕は尊敬する。しかし僕はやらない。そんな意思は自分の誕生日になんでと言う反骨心も加わって今回のコンテストはよりやる気のないものになってしまった。後輩たちが毎晩残って仕込みや練習するのを見て僕は本当に敬った。

 

 




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僕は前日の夜に少し仕込みをして早々と自宅に着いた。誕生日前夜だと言うのに誰かに祝われるわけもなく誕生日を迎えた。今や、SNSが発達したおかげで昔の先輩や後輩からもお祝いの連絡が届いた。

 

こんな僕のことを祝ってくれる友達に本当に感謝したものだ。しかし今年は一味違った。朝早くから何かがなっているではないか。僕の誕生日を北朝鮮も祝砲をあげて祝ってくれたみたいだ。

 

そんなあまり気持ちの良くない目覚めで始まった28歳の朝。前日の夜に買っておいたアイスコーヒーをブラックで飲み洗濯物を干す。

 

誕生日だからって何かが変わるわけではなくいつもと同じ日が一日流れるだけ。たまたま誕生日でその日にコンテストが重なった。

 

コンテスト会場に行くと色々な方に誕生日おめでとうと祝ってもらった。それもやはりありがたい話である。コンテストがあってよかったとは思わないもののたくさんの人に会いお祝いしてもらう。家に一人でいたらこんなこともなかったろうとプラスに考えた。

 

自分の番は昼過ぎからだった。ウィックを持ち込んでカットの準備をする。カウントダウンが始まり競技スタート。しかし僕はノープランだ。さてどう切りこもう。それすら僕にはコンテストだったのかもしれない。一瞬で思いついたスタイルをとりあえず切り上げて行く。40分と言う長い時間を使って。

 

競技が終了し、審査の時間に。そして表彰式へ。

 

厚かましくも又してもドキドキするのかと思いきや、今回は一切ドキドキさえしない。この感情は諦めに近いものなのだろうか?別になんでもいいやと思いながら自分の部門までまった。

 

隣で寝ている先輩を横目に僕にも睡魔が襲ってきた。一瞬落ちたのだろうか?さっきまで寝ていたはずの先輩が僕を起こす。

 

「呼ばれたぞ」

 

はい?さっきまで寝てましたよね?

 

そんな感じで表彰台に上がるとしょぼいトロフィーみたいなのをもらい降段。呼ばれたことにびっくりで、そしてその瞬間に落ちていた僕は天才なのかもしれないと思ったw

 

みんながおめでとうと言う中、表彰が進んで行く。さっきまで寝てた先輩も呼ばれ僕よりいい賞をもらっていた。

 

そんなこんなで終わったコンテストは夕方4時を回っていた。残りの数時間、まだ僕の誕生日だ。しかし出不精の僕はしっかりとそのまま自宅に帰った。前日に見損ねたコードブルーを観るために。

 

そして気づいたら僕の誕生日というひは0時を回っていた。いつの間にか始まっていつの間にか終わった今年の誕生日は日常となんら変わりはなかった。

 

しかし、そのなんら変わらない日常に幸せを感じながら生きて行くことができる僕は本当に幸せなんだとも思っている。

 

18で九州を離れ今年で28。人生で1/3を関東で過ごしたことになる。そして10年目の今年が1番なんら変わらない日常だったことに何か意味があるのだろうと思うことにしている。

 

北朝鮮の祝砲は僕の誕生日だけで十分だ。